※ 本稿は、Journal of Pension Planning and Compliance (Aspen Publishers)の2004年9月号に掲載された、"The Public Company ESOP in 2004 (by David W. Powell)"の抄訳である。ESOPにおける受託者責任について、当websiteで再考するために作成したものであり、著作権等はすべてPowell氏に帰属するものである。


The Public Company ESOP in 2004, David W. Powell

2000年頃のESOPにおける受託者責任の課題といえば、配当の従業員への直接分配など、かなり技術的なものが中心であった。しかし、Enron、WorldComの事件以来、ESOPプランの資産を、雇用主である企業の株式に投資することを巡る受託者責任に、焦点が当たるようになってきた。

本稿では、2000年以降、大きな進展が見られた分野における受託者責任に関する動向を俯瞰することとする。

受託者関連

受託者は、現状に安閑としていてはならない。企業内の受託者は、社内での役職と利益相反になり兼ねないような企業活動に、常に敏感でなければならない。同時に、株式市場が好調だった後に、当該企業の株価が下落している場合に問題が発生する。受託者は、前もって、そのような問題に対してどのような責任を有するのかを考慮しておくべきだろう。

Journal of Accountancy, March 2000

これは、極めて標準的なアドバイスであった。しかし、Enron、WorldComその他の企業の自社株投資について起きた事柄を踏まえ、自社株の暴落に際し、プランの受託者が何をなすべきであり、何をなすべきではなかったのか、という問題が盛んに論じられている。特に、これらのプランを巡る訴訟により、ERISAにおける受託者責任、特に、受託者を指名した者の責任、つまり経営幹部や取締役の責任、資産管理者の責任に関する知識が広まった。

教訓 1:ESOPの投資対象となっている自社株に関する受託者が存在する。誰がその受託者に当たるのかを、正確に知ることが重要である

様々な判例によれば、ESOPとは主に自社株に投資するプランであると定義されているものの、自社株が下落している際にプラン受託者が何もしなくてもよい、ということを意味しているわけではない。むしろ、誰が資産投資に関する受託者なのかを覚えておくことが重要である。それでは、誰が受託者なのか。通常、プラン規定において、誰が受託者であるか明記されている。多くの上場企業の場合、委員会または委員会委員が、投資に関する第一義的な受託者となっている。

しかし、権限を行使することで事実上の受託者となり得る者がいる。換言すれば、プラン資産の投資、プランの運営に関して、事実上の指令をする者は、受託者と見なされる可能性がある。最近の判例では、(第一義的な)受託者を指名した人物または組織は受託者となりうる。他の受託者が責任を果たさなかったことについて責任を負わなければならないケースがあるため、プラン受託者を適格に判別しておくことも重要である。

プランが単純に企業そのものを受託者として指名している場合、特有の問題が発生する。そのような場合、企業の取締役または経営幹部が受託者となるのかどうか、という問題である。最近の判例では、問題となっている人物の肩書きよりも、その人物が実際に受託者として機能していたかどうかに着目している。企業を受託者として指名した場合に実際にどの個人が受託者となるのかが明確ではないために、最近は、関連する委員会、特定の経営幹部等を受託者として指名する場合が増えている。

教訓 2:受託者が誰であるかがわかったら、実際に受託者であるべき者は誰かを考えろ

上述したように、プラン規定に明記されていなくても、実際に受託者責任を行使することで受託者と判定される可能性がある。従って、事後に裁判所から誰が受託者であるかを判断されるよりも、予め誰が受託者として意思決定をすべきなのかを決めておく方が望ましい。

誰が受託者となるべきかを考慮する過程で、受託者となるべき人物の職歴、特定の個人が知り得るインサイダー情報、受託委員会に対するアドバイスなど、個々のプランごとの事情に応じて評価しなければならない事項が出てくる。

教訓 3:投資対象としての自社株を監視しろ

自社株投資はまったくの聖域である、という考え方はほとんど支持されない。しかし、ESOPにおける自社株投資に関する標準的な受託者責任とは何かという解釈が、完全に固まっているわけでもない。実務的な判断として、"Moench v. Robertsen"事件における1995年第3控訴裁判所における判決が参考になる。Moench事件判決は、『ESOPにとって、自社株に投資することが適切である』との前提がある、との立場を支持している。しかし、この考え方は、反論も招きやすく、一定の条件のもとでは、自社株への投資は不適切であるとの結論を受託者が出さざるを得ない場合も出てくる。従って、受託者が他の資産への投資がいずれも不適切であるとの結論を得た場合に限り、ESOPの受託者は、自社株への投資を継続することができることになる。近年、第7、第9控訴裁判所も、同様の判断を示している。

従って、多くの実務家は、受託者は自社株への投資について他の投資と同様、そのパフォーマンスを常に監視し、その際の判断を記録しておくべきである、との結論を導き出している。

ESOPと同様、確定給付型プラン(以下"DBプラン")で自社株に投資している場合、考慮すべき点が出てくる。DBプランにおいては、ERISA §407(a)により、自社株投資は資産の10%を上限とするとの規制がある。そうしたDBプランにおける受託者責任は、確定拠出型プラン(以下"DCプラン")における受託者責任とは異なる可能性がある。また、ESOPとDBプランは、制度の目的や積立基準が異なるため、自社株の購入、保持、売却に関して異なる判断を下す可能性は充分ある。しかし、その場合であっても、プラン受託者が、自社株に関して異なるプラン間で異なる判断を下した理由を明示できるようにしておくことが重要である。

教訓 4:従業員の分散投資権利の拡充を検討せよ

通常、上場企業のESOPでは、従業員は、従業員拠出分から自社株に投資することが可能となっている。他方、企業拠出による自社株の場合には、給付時まで、通常は退職時まで、自社株のまま保持することが求められている。自社株から他の資産への振り替えが認められるのは、§401(a)(28)の規定によるものである。それは、55歳に達するか、プラン加入年数が10年を超えた場合、ESOP勘定の50%までは他の資産に振り向けられる、というものである。

従業員の分散投資権利を拡充することにより、一定の責任を受託者から従業員に移行することができ、受託者の責任を軽減することが可能となる。§404(c)では、プランが個人勘定を設け、加入者等に投資決定の権限を与えている場合には、他の場合に受託者として認定される者でも、投資に伴う損失の責任を負うことはない、と規定している。しかし、完全に受託者責任が免除されるわけではない。Enron事件でも示されている通り、問題になっている投資対象が、プラン資産の投資対象先として選定されていることについて適切であったかどうか、という点において受託者責任は残る。例えば、加入者が売却できないまま自社株が暴落した場合、受託者は、自社株を投資先として残していたことに対する損害賠償責任を問われる可能性がある。特に、受託者がそのような結論を導き出せるようなインサイダー情報を得られる立場にあった場合は、責任を問われる可能性が高まる。

Enron事件に伴う改正法案には、そのような規定が多く盛り込まれているし、いつかの時点で、規定の改正が行われる可能性も残っている。

教訓 5:従業員への情報提供を改善せよ

ESOPの概要を従業員に提示することは、ESOPの受託者にとって、新たな課題となる。特に、自社株のリスクに関する開示、分散投資に関する重要性等については、注目されるところである。

証券取引法関連

Enron事件で、受託者責任に次いで注目されたのが、証券取引法の関連である。企業の経営幹部またはインサイダーが、誤った情報を提供したか、または正確な情報提供を行わなかったのではないか、との疑いがかけられたからである。この問題は、2つの意味で、受託者責任に関連してくる。一つは、経営幹部等がプランの受託者に対して情報を提供する義務を負っているかどうか、という点である。もう一つは、受託者が公開されていない情報を入手した場合に何をなすべきなのか、という点である。

証券取引法の責任とERISAの受託者問題を両立させることは、極めて難しい。かつて、Hull v. Policy Systems事件では、@ERISAは証券取引法違反を求めるような義務は課していない、A受託者委員会のメンバーは、入手したインサイダー情報に基づいて行動を起こす義務はない、との司法判断が示されたことがある。

しかし、Enron事件で、労働省(DOL)は、ERISAと証券取引法の両方を満たすべきという、より厳しい行政判断を示した。Enron社の経営幹部は、同時にプランの受託者であり、非公開の情報を持っていた。DOLは、このようなEnron社幹部は、少なくとも次の3つのうちのいずれかの行動を取るべきであったとの判断を示した(詳細は、「Topics2003年10月20日 Enron受託者責任裁判」参照)。

  1. Enronの財政状況が厳しいことを全ての株主(プラン及び一般)に公開する。
  2. Enronの財政状況に問題があることが初めてわかった段階で、Enron株をプラン投資対象からはずす。
  3. 誤った情報が提供されている可能性があることをSECまたは労働省に通知する。
この労働省の行政判断は、状況によっては、受託者にとって極めて困難な要請となる。さらなるガイダンスを労働省に求める必要が出てくる可能性がある。

倒産に関連したESOPの法令遵守

倒産した上場企業にESOPがある場合、上場廃止に伴い、税法(IRC)との関連で必要となる事項がある。上場している限り、ESOPの投資対象となっている自社株に関する(第3者による)査定、プット・オプション(事業主による公正価格での買取義務)は、求められない。しかし、倒産のために上場廃止となった場合、税法上、ESOPは、少なくとも、第3者査定ならびにプット・オプションを備えなければならなくなる。

自社株の査定は、上場廃止となったプラン年度のある一日における株価で評価することで、法律要件は満たされると思われる。もしプラン年度の最終日に株価があれば、Form 5500にも利用できる。

受託者の中には、上場廃止となった場合には、単純に、自社株を売却してしまうか、投資対象からはずしてしまえばよいと判断する者もあるだろう。しかし、そうしなかった場合、今度は、プット・オプションの問題があがってくる。事業主が購入できないかもしれないし、たとえ購入できたとしても、その購入価格をいくらにするのか、という問題があがってくる。一つの選択肢は、(第3者による)査定価格である。もう一つは、店頭で取引されているようならば、単純にそうした店頭価格という市場価格で評価することである。一般論は難しく、個別事情に基づく判断(破産裁判所、労働省、IRS)しかない。ただし、第3者による査定、プット・オプションという要件を満たさなければ、税制適格とはならなくなるばかりか、不適切なプット・オプションまたはプット・オプションがない場合には、取引が禁止される可能性もある。

また、自社株が暴落した場合、つまり、資産価値がなくなってしまった場合、より本質的な問題が発生する。それは、「主に自社株に投資している」というESOPの定義そのものに合致しなくなり、ESOPとしての要件を満たさなくなる可能性がある、ということである。この要件を満たさなくなったESOPについてどう扱うべきなのか、労働省もIRSも正式な見解を示してはいない。